ドハマりしていた最強デートアプリTinderを私がやめた理由

Tinder女子、なぜデートアプリにドハマりするのか?—— 求めてるのは王子様でもセックスでもない」の記事に書ききれなかったことがあったので、個人ブログに追記。

何を隠そう(もはや隠しても仕方がない)、私もひと昔前Tinderにドハマりしていた時期があった。

しかしあることをきっかけにTinderを完全に断ち切った。

今回はそのことを語ろうと思う。

Tinderオモシロいか?

Tinderを初めて早々、その魅力の虜になった私は毎日のようにプロフィールをアップデートし、コミュニケーションの質を上げるPDCAをぶん回し続けた。

TwitterやFacebookでもオモシロい投稿は見ることができる。けれどFacebookやTwitterの問題はまさに、自分が対してオモシロくなくてもオモシロい投稿を見れてしまうというところにある。自己に対するオモシロさの怠惰が生まれるのだ。

Tinderが素晴らしいのは、自分がまずオモシロくないと決して面白いコミュニケーションはできないところ、オモシロさの裁量が決定的に自分に託された、自己反映型のSNSであるということだ。

だから、Tinderオモシロいか?という質問は、「自分はオモシロい人間か?」という質問と同義なのだ。

そして、Tinderは紛れもなくオモシロかった。

Tinder芸人の孤独

そんなふうにしてTinderella、いやTinder芸人と化していた私。しかし、ふとしたときにある問題にぶち当たってしまう。すなわち、

自分よりオモシロい人間がこの世界にいない

という問題だ。

こちらは質の良いピックアップラインをもらうために何百回と試行錯誤をしているのに、「使い方よくわかりませんがよろしくお願いします!」と書いているクズ。

プロフィールも読みもせず「こんにちは!よろしくお願いします!」と言われた時には、こっちは遊びでTinderやってんじゃねえんだよ、と心底軽蔑した。

一言断っておきたいのは、私は普段から他人に対して無意味に毒づいたりするタイプではない。その時あまりにTinderに夢中になっていたため、Tinderを軽んじるユーザーが許せなかっただけだ。

さらに追記すると、もちろん自分よりキレッキレで、まったく予想もつかない会話を繰り広げてくるめちゃくちゃセンスの良い人もいた。そういう時は尊敬と激賞の想いで、そんな瞬間こそがTinderやっててよかった!と思えるときなのだ。

Tinderにハマり、自分のオモシロさがアップデートされていくたび、私は「コードギアス」の有名なセリフ

王の力はお前を孤独にする

を思い出した。

当然ながら、罪のない一般人に対しそんな感情を抱いてしまうのは精神的に不健康である。

私は他人に疑心暗鬼になり、さらに自己嫌悪に陥りTinderをやめた。

Tinderが教えてくれたもの

Tinderでは何千、何万のひとと直接つながり、会話を楽しむことができる。

出会いの概念を破壊的に革新した、疑いようもなく革命的なプラットフォームだ。

そんなTinderにドハマりして、気づいたこと。

それは、どんなにテクノロジーが発展しても、変わらない。

自分にとって本当に気の合うひとを見つけるのは、いつの時代もむずかしい、ということだ。

そんな当たり前の事実を、ほろ苦いやり方で、けれどごまかしなく、教えてくれたTinder。

Tinderの本当の魅力は、このシンプルな設計でもって、ひととの出会いとはなんなのか、その本質に立ち返らせてくれるところにあるのかもしれない。

私はほぼ100%オモシロい会話を楽しむためにTinderをやっていた(プロフィールにも明記していた)。

もちろん気が合えば実際に会うこともやぶさかではなかったが、インプロヴィゼーションでめちゃくちゃいい会話ができたときはそれをスクショして保存することに満足してしまうので、結局実際にほとんど会っていないしロマンティックな展開になったことも全く無い。

出会い目的の使い方を求めているユーザーからすれば邪道な楽しみ方かもしれない。が、ちゃんと出会い、相手に魅力的に思ってほしいと思っているひと(そうでないとその先はまず望めないだろう)は、まず↑を熟読して、何千の候補者のなかから選ばれるだけの会話を自分はできているか?をしっかり省みて欲しいと思う。

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