シリコンバレーを捨てた悲劇のハッカー、アーロン・スワーツが選んだ道②

前編はここから

シリコンバレーに馴染むことができなかったアーロン。

アーロンを苛つかせたのは、入社したWIREDのオフィスで、「ガラクタばかりがインストールされたコンピュータを渡され」「何もインストールするなと命じられた」ことだ。そして会社の雰囲気は、彼にとって受け入れがたいものであった。

「灰色の壁、灰色の音、灰色のデスク…初めてこのオフィスに来た日、すべてを受け入れることができなかった。昼時間にはトイレにこもって泣いた。本当に必要な仕事をなにも片付けることなく、べらべらとうるさく話す誰かの隣にいて正気を保てるとはとても思えなかった。誰も本当に必要なことはなんなのか考えようともしないのだ。みんないつも、部屋に来ておしゃべりをし、Wiredがテスト中のあたらしいゲームをプレイすることばかりに無駄な時間を費やしている」

(“Gray walls, Gray noise, Gray desks… The first day I showed up here, I simply couldn’t take it. By lunchtime, I literally locked myself in a bathroom stall and started crying. I can’t imagine staying sane with someone buzzing in my ear all day, let alone getting actual work done. No one seems to get work done here, either. Everybody’s always coming into our room to hang out and chat, or invite us to play the new video game system that Wired is testing.”)

シリコンバレーと言えば、エンジニアの初任給が数千万円を超えるという話や、買収やエグジット、◯億円調達などの文字がいつも華やかにニュースを彩っている。ハッカーやエンジニアは国を越えていまや時代の寵児だ。上記の「Wiredのエンジニアたちがわいわいとゲームをテストする」風景も、日本なら自由で風通しの良いシリコンバレーのベンチャー企業として描かれることだろう。

しかし、ここで華やかにスポットライトが当てられているのは、既存の社会のルールに自分を適合させることができたある特定のハッカーのみである、ということを忘れてはならない。

アーロンは明らかに政治的で、知の自由なアクセス、政治腐敗の撲滅、民主主義の向上といった事柄に情熱を燃やしていた。彼は「アメリカ的資本主義」の枠組み自体に疑問を持っていたし、それをデジタルテクノロジーは超克できるし、すべきだと考えていた。そんな彼にシリコンバレーのスタートアップ起業家たちは冷たかった。

これは逆説的だが、既存のエスタブリッシュメント(体制)に反抗的なハッカーやエンジニアを好んで受け入れるシリコンバレーこそ、いまや「アメリカ的資本主義」という体制の強大な駆動力となっている。「反体制」のなかから生まれたApple,Facebook,Googleらはいまや「体制」の象徴になり、個人を抑圧しているといわれる。そして情報という現代の資本を牛耳った彼らに対抗することは並大抵のことではない。アーロンはその体制にこそ疑問を持ち、反抗した。企業は情報を寡占し、政治はそれになんの対策も打たず、それによって多くの人々の知る自由が奪われている、と主張した。アーロンはWiredをやめたのち政治アクティビストになり、JSTORの論文を大量にダウンロードした罪で起訴され、そして自殺した

シリコンバレーという、世界の情報資本が集積した地だからこその、そこにそびえ立つ「体制」の強大さ。

アーロンの死は、アメリカ的情報資本主義の闇を物語る。

翻って日本を考えてみると、日本のIT界隈ではシリコンバレー&アメリカ崇拝主義は根強いものの、「ハッカーがハッカーらしくいられる」土壌はあるのかもなというかんじはする。社会不適合者、オタク、なに考えてるかわかんないけどつくるものはすごい…的な人々を無理に資本主義の表舞台に引きずり出そうとせず、そのまま受け入れている…気はする。(もちろん、オタクが政治的にアクティブになることがない等の理由はあるだろうが)これは日本古来の「ものづくりを大切にする」精神が関係しているのかもしれない。

そしてさらにEUを考えてみると、情報資本主義の「反体制」として生まれた政治運動が「体制」たる欧州議会に議席を持ってしまったりする。アメリカ、EU、日本。三者三様の「ハッカー/反体制の受け入れ方」。この比較、かなりおもしろい。

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コメント

  1. […] この記事やこの記事でも繰り返し書いているが、レッシグ教授は自殺した天才ハッカー、アーロン・スワーツの友人だった。スワーツも最初は著作権や知る自由、情報のフリーシェアの活動を最初はしていた。しかしアメリカの政治制度では根本的な解決はできないと考え、民主主義や政治の透明性といった広範なイシューにその関心を移していった。彼の行動はハーバード大教授であったレッシグに多大な影響を及ぼした。 […]