【DRM】著作権保護強化で、クリエイターは不利になる…コリイ・ドクトロウが教えてくれたこと

ストラスブール行きの電車の中ではコリイ・ドクトロウ(Cory Doctorow)の”Information doesn’t want to be free”を読んでいた。

コリイ・ドクトロウとは

カナダ人SF作家、ブロガー、ジャーナリスト。著作権アクティビストで、クリエイティブ・コモンズの推進者。著作のテーマはデジタル・ライツ・マネジメント、ファイルシェアリング、ポスト希少性経済などを含む。

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そのなかで、デジタルロック(デジタルライツマネジメント、DRM)が如何にプラットフォームの立場を強化し、クリエイターの立場を弱めるかの興味深い指摘があった。

ドクトローはまず、奇妙なたとえ話をつかってデジタルロックとはなんなのかを説明する。

想像してみよう。たとえば、きみがウォルマートで買った本がすべて、ウォルマート製の本棚にしか並べられない時のことを。その本は背表紙にくぼみが付いていて、ウォルマート製の本棚にしかうまく収まることができない。そしてその本はウォルマート製の電球の下でしか読めない特別なインクで書かれていて、ウォルマート製の椅子で座ったときにできる特別な角度からしかそれを読むことができない。ウォルマートで10ドルの本を買うたび、きみはウォルマートのエコシステムに投資していることになるのだ。

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馬鹿げた話に聞こえるが、オンラインコンテンツの世界ではこれが普通に行われている。AppleのiTunesやAmazonのKindleで提供されているデジタル・ロックのかかったコンテンツがそうだ。たとえばAmazonで買った電子書籍はKindleで読むことしか許されておらず、たとえばPDFにしたりWord形式で読んだりすることはできない。

このデジタル・ロックはユーザーの自由を阻害するだけでなく、コンテンツを提供する側であるクリエイター・アーティスト(そしてその代理となりうる出版社など)の自由をも阻害し、プラットフォームに対して劣位な立場に置かされることを余儀なくする。

ドクトローはこう続ける。

2014年、世界最大の出版社Hachetteはこれを苦くも体験することとなった。Amazonが大規模な本の安売りセールをHachetteに要望し、Hachetteはこれを拒否したのだ。結果、AmazonはHachetteから出版している本のタイトル(J.K.Rowlingなどのベストセラー本を含む)をウェブサイトから消した。AmazonはHachette出版の本を「購入不可」としたばかりか、ほかの出版社の本をおすすめとして提示したり、その本の古本版を提示してHachette出版の本を購入させないようにした。

Hachetteは出版界におけるデジタル・ロックの熱心な推進者だった。しかし、もし、Hachette出版の本にデジタル・ロックがかかっていなかったらどうなっていただろうか?HachetteはAmazonで売られなかった本を「Amazon難民本」としてGoogleやBarnes and Nobleやほかの小売店に提供し、Calibreリーダーのようなフリーソフトウェアを配布してAmazon規格の本を競合のプラットフォームの規格にかんたんに置換させることができた。そして、Amazonという巨大なプラットフォームに対抗することができたのだ。

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そして最後にこう結ぶ。

しかし現行のDMCA法下では、AmazonのみがKindleの本を非Kindleプラットフォーム規格に置換することがゆるされており、Hachetteは抵抗するすべを持たない。ごくろうさん、Hachette。

デジタル・ロックとはその設計上、プラットフォームがコンテンツに対してもっとも強大な力とコントロールを持つようにできている。たとえばプラットフォームが望みさえすればそれこそ「ウォルマート製の本棚で、ウォルマート製の椅子にすわって、ウォルマート製の電気の下で」ユーザーに本を読ませることがデジタルの世界では可能であるし、デジタル・ロックを解除する権限がプラットフォームのみに与えられている以上、不当な契約をつきつけられたとしてもクリエイター(コンテンツ提供者)側はこれに対抗する術がない(このHachetteの事件のように)。

またさらにやっかいなのは、ひとつのプラットフォームでコンテンツを提供すればするほど、コンテンツ提供者(とユーザー)はそのプラットフォームに依存しなければならなくなることだ。Amazon Kindleで100冊、1000冊と本を買った顧客はデジタル・ロックがある限りほかのプラットフォームでもう一度本を買い直す気にはならない。ゆえにコンテンツ提供者側もおなじプラットフォームでコンテンツを提供し続けることを余儀なくされ、コンテンツ提供者とユーザーに対するプラットフォームの立場の強さは膨張していくのである。

デジタル・ロックやDRMは「不当なコピーによってクリエイターが損をしないため」などと言われているが、それは逆で、デジタル・ロックによってクリエイターはプラットフォームに対して劣位の立場に置かされ、不利益を被っていることをドクトロウは端的に示す。

日本はGoogleやAmazonのような世界的な規模のプラットフォームを持たない。

そして、日本はコンテンツで勝負する国である。

日本がどの方向に向かうべきかは、明確でないのか。

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コメント

  1. […] コリイ・ドクトローは言った。コンピューターとはすなわちコピー・マシーンのことだと。コンピューターが世界を支配するこの時代には、コピーとシェアを阻害するあらゆる方策は「不自然」であり、どこかでひずみを生まざるを得ないのだ。 […]

  2. […] 以前Apple Musicがローンチしたとき、トライアル期間にアーティストに印税が支払われないことをうけてテイラー・スウィフトが曲をApple Musicから取り下げたという事件があったが、これはまさにこの問題を体現したもの。この事件は、巨大プラットフォームは彼らの一存でかんたんにクリエイターとの契約内容を書き換えられるという事実を今一度教えてくれた。テイラー・スウィフトほどの超トップアーティストならば彼らに対抗することも可能だが、その他すべてのクリエイターはこういったことが起きたときに対抗することもできず、彼らの言いなりになるしかない。実際に2014年にはAmazonが巨大出版社Hachetteを干すという事件も起きている。 […]

  3. […] 実際に2014年にはAmazonが巨大出版社Hachetteを干すという事件も起きている。 […]